1分勝負!!
2007年07月13日
「白い鳥」
もし私に1日だけ魔法が使えるなら、白い鳥になって、この広いおぉーーぞらを飛びたい
自由に自分の翼で高く飛んで、風を感じてみたい
小さい子供が泣いていたら、その子の肩にちょこんっと乗って「ぴちち」って鳴くの。
きっと笑顔になるはず!
そして魔法が切れる頃を狙って大好きな人の元へ会いにいくの。
『あれ?なんだこの白い鳥』
って手を差し出した途端、魔法は切れて突然私が登場っ!
ビックリしたあなたの顔を考えると笑いが止まらないっ!
あははははっ、あははははははははははははっ、あははっ、あははははははっ
あぁー・・・一度でいいからやってみたいなぁ~
↑進級審査で実際にやった内容です(多少違うかもですが)
夢を「叶わない夢」方向に持っていって、審査で使った部屋をめいっぱい使って表現しました。(動きとかも必要なので)
二十歳らしい(?)夢見る乙女系で攻めました。笑
そしてタイトルが「白い鳥」だった様に(最初にタイトルを言うんですが)
私が審査に着て行った服はモコモコの上下白色の服でした。
服装や見た目も重視されると言われたのでf^^;
もし私に1日だけ魔法が使えるなら、白い鳥になって、この広いおぉーーぞらを飛びたい
自由に自分の翼で高く飛んで、風を感じてみたい
小さい子供が泣いていたら、その子の肩にちょこんっと乗って「ぴちち」って鳴くの。
きっと笑顔になるはず!
そして魔法が切れる頃を狙って大好きな人の元へ会いにいくの。
『あれ?なんだこの白い鳥』
って手を差し出した途端、魔法は切れて突然私が登場っ!
ビックリしたあなたの顔を考えると笑いが止まらないっ!
あははははっ、あははははははははははははっ、あははっ、あははははははっ
あぁー・・・一度でいいからやってみたいなぁ~
↑進級審査で実際にやった内容です(多少違うかもですが)
夢を「叶わない夢」方向に持っていって、審査で使った部屋をめいっぱい使って表現しました。(動きとかも必要なので)
二十歳らしい(?)夢見る乙女系で攻めました。笑
そしてタイトルが「白い鳥」だった様に(最初にタイトルを言うんですが)
私が審査に着て行った服はモコモコの上下白色の服でした。
服装や見た目も重視されると言われたのでf^^;
進級審査の内容☆
2007年07月13日
長くなったのでわけてお送りします☆笑
進級審査の結果は見事合格でした☆☆☆
おかげさまで家族に自慢しました♪ニヤリ
その進級審査の内容ですが
先渡し課題は「30秒以内の表現(ナレーション・DJ・台詞など)を2つ」と、「‘夢’というテーマで1分表現しなさい。その中に笑いを5秒入れなさい」というものでした。
勿論これは絶対暗記です。
時間は越えてもいけないし、短すぎると減点の対象になります
私はナレーション1つと、台詞にしました。
ナレーションはこの頃から得意分野でしたし、台詞も得意の子供キャラでいきました。
(ナレーションを覚えるのが大変でしたが・・・)
もう1つの1分の課題は、かなり悩みました・・・
「夢」って一言ですが、意味は広いじゃないですか。
寝ているときに見る夢もそうだし、自分の将来の夢とかもそうだし・・・
でも同じ様なものだと「個性」の点がいい点数がつかないので、皆が考えない方向で作ろうと思っていました。
しかも笑い5秒いりますからね。
5秒って「ははっ」じゃ1秒ないんですよ。爆
文字にすると「あははははははははは あははははははははっ あははははっ」位あるんですね。
通常の「笑いのツボに入った」位笑わないといけないワケなんですね。
そこに台詞は入れちゃダメという厳しいものでした。
ただ笑うだけを5秒ってすごく難しいんですよ。
これは最後の最後まで唸りました。
私が実際にした内容は夜にでも更新しまっす☆
進級審査の結果は見事合格でした☆☆☆
おかげさまで家族に自慢しました♪ニヤリ
その進級審査の内容ですが
先渡し課題は「30秒以内の表現(ナレーション・DJ・台詞など)を2つ」と、「‘夢’というテーマで1分表現しなさい。その中に笑いを5秒入れなさい」というものでした。
勿論これは絶対暗記です。
時間は越えてもいけないし、短すぎると減点の対象になります
私はナレーション1つと、台詞にしました。
ナレーションはこの頃から得意分野でしたし、台詞も得意の子供キャラでいきました。
(ナレーションを覚えるのが大変でしたが・・・)
もう1つの1分の課題は、かなり悩みました・・・
「夢」って一言ですが、意味は広いじゃないですか。
寝ているときに見る夢もそうだし、自分の将来の夢とかもそうだし・・・
でも同じ様なものだと「個性」の点がいい点数がつかないので、皆が考えない方向で作ろうと思っていました。
しかも笑い5秒いりますからね。
5秒って「ははっ」じゃ1秒ないんですよ。爆
文字にすると「あははははははははは あははははははははっ あははははっ」位あるんですね。
通常の「笑いのツボに入った」位笑わないといけないワケなんですね。
そこに台詞は入れちゃダメという厳しいものでした。
ただ笑うだけを5秒ってすごく難しいんですよ。
これは最後の最後まで唸りました。
私が実際にした内容は夜にでも更新しまっす☆
声優養成所の進級審査!!・・・の前に
2007年07月13日
そのミュージカルの練習が始動した頃、養成所Bではいよいよクラスを上げる為の進級審査が1月末にありました。
この審査で受かって上級に行かないと、プロダクションの審査を受けられない為、私は怒涛の忙しさの中必死で審査の為に出た課題をどうするか悩みました。
しかし当時与えられた私の時間はたった4日しかありませんでした・・・。
えぇ!?そんな日数しかないの???
―違います。笑
課題は1ヶ月前の12月末に聞かされました。
・・・が、ミュージカルのキャストオーディションが12月29日にあり、その後は、1月10日にあった成人式の成人代表挨拶の文を考え(二十歳だったので成人式があって、私は挨拶をする役目だったのです~)、人と違う事がしたかった私はやめておけばいいのに、挨拶文を暗記して、壇上で歩きながら挨拶をしてしまったおかしなやつです。
それが終わったら、1月23日にあった全商工業簿記1級の検定試験の為、凄まじく必死で勉強しました。
私は高校が商業科だったのですが、『全商の1級』は2つ科目を合格して初めて簿記1級という資格になるのですが、私は高校時代に「会計1級」しか合格していなくて、
『資格を取ってから3年以内にもう1つの1級科目を合格しないと簿記1級にならないから取っておけ』とわざわざ当時の簿記先生から連絡をもらい、受ける事になったんです。
それまで全く簿記の教科書すら読めていなかったので、成人式終わってから高校へ行って簿記の先生に復習兼ねて工業簿記を教えてもらったおかげで90点以上の点数を取って合格しました!(先生ありがとぉーー!!)
そして大事な進級審査は27日。
なので4日しかなかったんです・・・。
こうも連日で続くと二十歳といえどさすがに精神的にキツいものがあったのですが、
『どうしても受かりたい!!』という気持ちと
『ここで受かったら私はこの1ヶ月4つの難題を見事やってのけたんだぞ!凄いだろ~!と家族に自慢してやる!!!』
という意味不明なプライドのために頑張りました。笑
ここで受からなきゃ1年頑張ってきたのが台無しですしねf^^;
結果は・・・・・・
この審査で受かって上級に行かないと、プロダクションの審査を受けられない為、私は怒涛の忙しさの中必死で審査の為に出た課題をどうするか悩みました。
しかし当時与えられた私の時間はたった4日しかありませんでした・・・。
えぇ!?そんな日数しかないの???
―違います。笑
課題は1ヶ月前の12月末に聞かされました。
・・・が、ミュージカルのキャストオーディションが12月29日にあり、その後は、1月10日にあった成人式の成人代表挨拶の文を考え(二十歳だったので成人式があって、私は挨拶をする役目だったのです~)、人と違う事がしたかった私はやめておけばいいのに、挨拶文を暗記して、壇上で歩きながら挨拶をしてしまったおかしなやつです。
それが終わったら、1月23日にあった全商工業簿記1級の検定試験の為、凄まじく必死で勉強しました。
私は高校が商業科だったのですが、『全商の1級』は2つ科目を合格して初めて簿記1級という資格になるのですが、私は高校時代に「会計1級」しか合格していなくて、
『資格を取ってから3年以内にもう1つの1級科目を合格しないと簿記1級にならないから取っておけ』とわざわざ当時の簿記先生から連絡をもらい、受ける事になったんです。
それまで全く簿記の教科書すら読めていなかったので、成人式終わってから高校へ行って簿記の先生に復習兼ねて工業簿記を教えてもらったおかげで90点以上の点数を取って合格しました!(先生ありがとぉーー!!)
そして大事な進級審査は27日。
なので4日しかなかったんです・・・。
こうも連日で続くと二十歳といえどさすがに精神的にキツいものがあったのですが、
『どうしても受かりたい!!』という気持ちと
『ここで受かったら私はこの1ヶ月4つの難題を見事やってのけたんだぞ!凄いだろ~!と家族に自慢してやる!!!』
という意味不明なプライドのために頑張りました。笑
ここで受からなきゃ1年頑張ってきたのが台無しですしねf^^;
結果は・・・・・・
新たに行った養成所のレッスン内容
2007年07月05日
「次の日にでも」と書いておいて10日弱かかってる私って一体・・・
26日の続きですf^^;
レッスンは最初に発声や筋トレがあって、体を動かしたあと休憩入れて課題にうつるわけなのですが、講師の先生が1年間一緒なので「同じ課題を続けて出来る」んです。
なのでナレーション1つにも、その日だけで終わるのでは無く、次週、また次週と続けてレッスンが出来るんです。
つまりはレッスンが終わったあと、家で練習してきた成果を聞いてもらえるという事です。
納得出来るまで出来るのが、私にとってかなり勉強になりました。
あと、芝居のレッスンがあったこと!
養成所Aでは1度しかなかったレッスンが養成所Bでは何回もありました!
いくつかの班に分かれて、それぞれ同じ役をするのですが、私はこのレッスンが凄く好きで、毎回ルンルンで行ってました。
『あ~~~やっぱり芝居っていいなぁ~~』
改めてそう思いました。
勿論、「ここはもっとこうして!」という注意(ダメ出しと言います)も受けるのですが、そのキャラクターを考えて『この場面はこうだから、こういう心情だよ』とか考えるのが好きなんです。
その考えていたのが講師の先生と合って褒められるというのがまた・・・笑
(私は褒めのばしです☆爆)
高校生の頃、頑張っていたミュージカルのことを思い出しました。
歌やダンスもありましたが、芝居も含まれていたので。
あの時は部活として当たり前に広い舞台に出ていた事がこの時はまだ全然舞台に上がれずにいたので。
舞台に上がるには役者は勿論、裏方もいるし、お金だってかかるもの。
それを私1人の力では出来ないものだとようやく知りました。
『舞台にあがるって結構凄いことなんだな~』
なんて思いました。(遅っ)
―それで思い出したというわけではありませんが、私は高校の現役生が今どうしているのか、気になってレッスンとバイトの間を見計らって友人誘って高校へ見に行きました。
この行動が実は次へ繋がる舞台になるとは・・・
この時は誰も予想していませんでした。
まだ20歳になる前の19歳の夏でした。
26日の続きですf^^;
レッスンは最初に発声や筋トレがあって、体を動かしたあと休憩入れて課題にうつるわけなのですが、講師の先生が1年間一緒なので「同じ課題を続けて出来る」んです。
なのでナレーション1つにも、その日だけで終わるのでは無く、次週、また次週と続けてレッスンが出来るんです。
つまりはレッスンが終わったあと、家で練習してきた成果を聞いてもらえるという事です。
納得出来るまで出来るのが、私にとってかなり勉強になりました。
あと、芝居のレッスンがあったこと!
養成所Aでは1度しかなかったレッスンが養成所Bでは何回もありました!
いくつかの班に分かれて、それぞれ同じ役をするのですが、私はこのレッスンが凄く好きで、毎回ルンルンで行ってました。
『あ~~~やっぱり芝居っていいなぁ~~』
改めてそう思いました。
勿論、「ここはもっとこうして!」という注意(ダメ出しと言います)も受けるのですが、そのキャラクターを考えて『この場面はこうだから、こういう心情だよ』とか考えるのが好きなんです。
その考えていたのが講師の先生と合って褒められるというのがまた・・・笑
(私は褒めのばしです☆爆)
高校生の頃、頑張っていたミュージカルのことを思い出しました。
歌やダンスもありましたが、芝居も含まれていたので。
あの時は部活として当たり前に広い舞台に出ていた事がこの時はまだ全然舞台に上がれずにいたので。
舞台に上がるには役者は勿論、裏方もいるし、お金だってかかるもの。
それを私1人の力では出来ないものだとようやく知りました。
『舞台にあがるって結構凄いことなんだな~』
なんて思いました。(遅っ)
―それで思い出したというわけではありませんが、私は高校の現役生が今どうしているのか、気になってレッスンとバイトの間を見計らって友人誘って高校へ見に行きました。
この行動が実は次へ繋がる舞台になるとは・・・
この時は誰も予想していませんでした。
まだ20歳になる前の19歳の夏でした。
「声優養成所」場所によってシステムが違いすぎ!
2007年06月26日
専門学校を経て入所した声優養成所B(←表記が面倒なので「B」にします)、まず驚いたのが
「じゃぁここで着替えて下さい」
と、更衣室を案内されたこと。
高校から通っている養成所A(こっちは「A」にしておきますね)で着替えた事が一度もなかったんですf^^;
Aは座学メインなのに対して、Bは体操や筋トレから始まりました。
ホントレッスン場という感じで、鏡もついてるし!
そういう場所を選んで借りている(所有している場もありました)のに好感が持てました。
動く事中心な養成所Bの仲間は皆めちゃ元気で明るいメンバーでした。
私はそのクラスのほぼ全員と凄い勢いで仲良くなりました
・・・今思えば、このメンバーに出会えていなければ、私の舞台生活もなかったんです。
この時はそんな事全く思いもせず、
『ここ声優プロダクションに入るんだ!その為にはまず上級クラスに行かないとっっ!!』
という気持ちでいましたね。
次に驚いたのが「この1年担当します!」と講師の先生に言われたことです。
養成所Aは長くても1ヶ月で講師が変わるんです。
早いと1回受けて次回は違う講師という事も。
私がここで初めて出会った講師の方は、私の演技表現の考え方とほとんど一緒で、凄く共感しました。
『演技表現の考え方って??』
と思われる方もいらっしゃると思うのですが、演技って数学みたいに答えが1つじゃないんですよ。
どんな演技をしていてもそれが周りに評価されれば、それがその人にとって正解なんです。
それを「個性」とも言うのですが・・・。
―専門学校時代に色々な方が特別講師として招かれ、その人流の演技表現を教えてもらいました。
基本的な事(滑舌、アクセント、鼻濁音、無声化など)は同じですが、表現法は十人十色でした。
『そうそう、そうだよね!』と思う人もいれば
『あ!そういう考えもあるか!』と新たな考え方に共感できる人もいれば
『えーー!!そればありえん!』と否定しか出来ない表現の人もいました。
なので、私の表現に
「それでいいよ!」と言ってくれる人もいれば
「そうじゃなくて~」と否定する人もいたんです。
担任の先生は言いました。
「全員に合わせる必要はないんだよ」と。
「合わない人に無理して合わせる必要はない。むしろ合う人についていき、伸ばしてもらう事が大事だ」と・・・
これば今でも私の信条にしています!(担任の先生に感謝☆)
―説明が長くなってすみません
つまり、養成所Bの講師の方とはとても合う方だったんです。
凄くやりやすいレッスンでした♪
レッスン内容についてはまた明日にでも☆
「じゃぁここで着替えて下さい」
と、更衣室を案内されたこと。
高校から通っている養成所A(こっちは「A」にしておきますね)で着替えた事が一度もなかったんですf^^;
Aは座学メインなのに対して、Bは体操や筋トレから始まりました。
ホントレッスン場という感じで、鏡もついてるし!
そういう場所を選んで借りている(所有している場もありました)のに好感が持てました。
動く事中心な養成所Bの仲間は皆めちゃ元気で明るいメンバーでした。
私はそのクラスのほぼ全員と凄い勢いで仲良くなりました

・・・今思えば、このメンバーに出会えていなければ、私の舞台生活もなかったんです。
この時はそんな事全く思いもせず、
『ここ声優プロダクションに入るんだ!その為にはまず上級クラスに行かないとっっ!!』
という気持ちでいましたね。
次に驚いたのが「この1年担当します!」と講師の先生に言われたことです。
養成所Aは長くても1ヶ月で講師が変わるんです。
早いと1回受けて次回は違う講師という事も。
私がここで初めて出会った講師の方は、私の演技表現の考え方とほとんど一緒で、凄く共感しました。
『演技表現の考え方って??』
と思われる方もいらっしゃると思うのですが、演技って数学みたいに答えが1つじゃないんですよ。
どんな演技をしていてもそれが周りに評価されれば、それがその人にとって正解なんです。
それを「個性」とも言うのですが・・・。
―専門学校時代に色々な方が特別講師として招かれ、その人流の演技表現を教えてもらいました。
基本的な事(滑舌、アクセント、鼻濁音、無声化など)は同じですが、表現法は十人十色でした。
『そうそう、そうだよね!』と思う人もいれば
『あ!そういう考えもあるか!』と新たな考え方に共感できる人もいれば
『えーー!!そればありえん!』と否定しか出来ない表現の人もいました。
なので、私の表現に
「それでいいよ!」と言ってくれる人もいれば
「そうじゃなくて~」と否定する人もいたんです。
担任の先生は言いました。
「全員に合わせる必要はないんだよ」と。
「合わない人に無理して合わせる必要はない。むしろ合う人についていき、伸ばしてもらう事が大事だ」と・・・
これば今でも私の信条にしています!(担任の先生に感謝☆)
―説明が長くなってすみません

つまり、養成所Bの講師の方とはとても合う方だったんです。
凄くやりやすいレッスンでした♪

レッスン内容についてはまた明日にでも☆
「巻き舌」出来ますか?
2007年05月19日
巻き舌、つまり舌と上顎を使って「トゥルルルルル」と電話音みたいな(?)音を出す事です。
入所当初、ちっとも出来ませんでした
(私は出来ない事だらけからの始まりです、ホント)
そういうものがあるという事は知っていました。
母と妹は出来ていたからです!
この世界に入る前から
「お姉ちゃん巻き舌出来やんの~?」とからかわれてたんです。
からかわれた事が気にくわなくて(笑)練習した事もあったのですが、やはり出来なくて・・・。
でも巻き舌が出来なくても何の支障もないと思っていたので、それ程気にかけてもいませんでした。
ところが、養成所で初めて「ラジオドラマ」のレッスンがあった時です。
『おぉぉ~~~演技が出来る~~~!!』
凄いやる気になった私はある役全部こなす勢いで、手を上げて参加していました。
そして悪役(これは男性がする役なんですけど
)をした時です。
ダメ出しで
「巻き舌出来ないの?」と言われたのです。
ま・巻き舌!?
「で、出来ません・・・」
当時何故だか私を敵視(いや~絶対どこかにいるキャラですよね)していたと思われる私より8つ上の女性は「はぁ~?」と冷たい声。
「巻き舌が出来るとこういう強い役で使えるんだよ」
そんな技が!!??
「勿論全部に出すとかじゃなくて軽く使って強調したりするんだよ」
私の頭の中はショックの鐘が鳴り響きました・・・。
その他にも、巻き舌はイタリア語を歌う時に必要になったり(高校は合唱部だったので)、レッスンの発声練習に毎回巻き舌練習が組み込まれていたり・・・。
極めつけは
「巻き舌出来るとラ行が綺麗に言える様になるよ~」
というレッスン生の言葉
昨日のブログにも書きましたが、ラ行がうまく言えなかった私にとっては、大打撃です。
こればかりは母と妹に教わっても出来なかったのに・・・どうしよう!!
「私も言えなかったけどトロロトロロトロロ昆布って言ってたら出来る様になったよ」(何故昆布!?)
という高校の先輩の言葉を頼りに必死に練習しました。
長時間の運転中が私の一番の練習時間です。笑
でもバックミラーや対向車から見られたら絶対おかしいヤツですが・・・
・・・言える様になったのは指摘を受けて6年後でした。
6年かけてようやく出来る様になりました!
いやぁ~出来た時はホントめちゃめちゃ嬉しかったです♪
高校は卒業しちゃった後で、イタリア語歌う時には結局使えなかったのですが、先輩の助言のおかげです!
(でも‘昆布’までは言わなかったけど。笑)
「自分も巻き舌出来ないな~」と思われた方、練習を続けたら必ず出来る様になります!!
私が身を持って体験しましたから☆
入所当初、ちっとも出来ませんでした

(私は出来ない事だらけからの始まりです、ホント)
そういうものがあるという事は知っていました。
母と妹は出来ていたからです!
この世界に入る前から
「お姉ちゃん巻き舌出来やんの~?」とからかわれてたんです。
からかわれた事が気にくわなくて(笑)練習した事もあったのですが、やはり出来なくて・・・。
でも巻き舌が出来なくても何の支障もないと思っていたので、それ程気にかけてもいませんでした。
ところが、養成所で初めて「ラジオドラマ」のレッスンがあった時です。
『おぉぉ~~~演技が出来る~~~!!』
凄いやる気になった私はある役全部こなす勢いで、手を上げて参加していました。
そして悪役(これは男性がする役なんですけど
)をした時です。ダメ出しで
「巻き舌出来ないの?」と言われたのです。

ま・巻き舌!?
「で、出来ません・・・」
当時何故だか私を敵視(いや~絶対どこかにいるキャラですよね)していたと思われる私より8つ上の女性は「はぁ~?」と冷たい声。
「巻き舌が出来るとこういう強い役で使えるんだよ」
そんな技が!!??
「勿論全部に出すとかじゃなくて軽く使って強調したりするんだよ」
私の頭の中はショックの鐘が鳴り響きました・・・。
その他にも、巻き舌はイタリア語を歌う時に必要になったり(高校は合唱部だったので)、レッスンの発声練習に毎回巻き舌練習が組み込まれていたり・・・。
極めつけは
「巻き舌出来るとラ行が綺麗に言える様になるよ~」
というレッスン生の言葉
昨日のブログにも書きましたが、ラ行がうまく言えなかった私にとっては、大打撃です。
こればかりは母と妹に教わっても出来なかったのに・・・どうしよう!!
「私も言えなかったけどトロロトロロトロロ昆布って言ってたら出来る様になったよ」(何故昆布!?)
という高校の先輩の言葉を頼りに必死に練習しました。
長時間の運転中が私の一番の練習時間です。笑
でもバックミラーや対向車から見られたら絶対おかしいヤツですが・・・
・・・言える様になったのは指摘を受けて6年後でした。
6年かけてようやく出来る様になりました!
いやぁ~出来た時はホントめちゃめちゃ嬉しかったです♪

高校は卒業しちゃった後で、イタリア語歌う時には結局使えなかったのですが、先輩の助言のおかげです!
(でも‘昆布’までは言わなかったけど。笑)
「自分も巻き舌出来ないな~」と思われた方、練習を続けたら必ず出来る様になります!!
私が身を持って体験しましたから☆
屈辱の滑舌レッスン
2007年05月18日
滑る舌と書いて「カツゼツ」と読むのですが、言葉がハッキリ正確に発音されているかというチェックをされていたときのことです。
最初は基礎なので、「アエイウエオアオ」「カケキクケコカコ」・・・のよく聞くと思われる発声練習を全員で言わされていました。
すると先生が私の前まで来て「鏡持ってる?」と聞くのです。
『何かついてるのかな?』
ボケボケな私は何かわからずにポーチから鏡を取り出しました。
すると「口が見える様にして」と言うので顔の前に持っていくと
「それで発声練習してみて」
と言うので、皆の注目の中、妙な緊張をしながら発声をすると
「不思議だな~・・・なんでその舌の動きで喋れるのかなぁ?」
『???』
「普通子音というのは上顎に舌で弾いて発音されるものなんだよ。なのに君の場合はどの子音も舌が動いていない」
『え゛っ!!??』
「というか、舌が歯の裏で止まったまま発音してる」
えぇ~?
みたいな驚きの顔で見るレッスン生・・・
確かに舌が下の位置から(シャレじゃないですよ?笑)全く動かず発音されていました。
え~と私はこの発音で16年喋ってきたんですけど・・・
だからと言って何が問題なんですか?
「その発音の仕方では全部クリアじゃない!(←綺麗に聞こえない)」
ぐはっ!!!
ぜ、全部ぅ!?
吐血して死にたい気分になりました
私の今までは何だったんでしょう・・・(T∇T)
特に滑舌が悪いと指摘されたカ行・サ行・タ行の発声の仕方を、他のレッスン生の注目を浴びる中、横でかなり指導され、穴があったらどこかに入りたい気分になりながら受けていました
私はその指導を受けるまで恥ずかしながら自分は滑舌がいい方だと思っていました。
放送部でしたし、放送コンテストで賞も2年連続で取ったし
でもそれはあくまで中学生レベルでのこと。
声の仕事として使うにはあまりにもお粗末な発声だったのです。
凄い屈辱でしたね・・・
ただ、その先生が「練習したら直るから」という言葉を最後に言ってたのだけを頼りに、私は人のいない所を見計らっては鏡を見て滑舌の練習をひたすらする様になりました。
(人のいるところでは決してやらなかったですね~)
学校の休み時間にはトイレに入って口パクとか、家の鏡台を通る時は立ち止まったり、朝起きて髪を直す時、歯磨きする時、お風呂から出た時など、鏡を見たら練習するという勢いで練習していました。
それくらい悔しかったんですよね・・・
鏡見るとその時の屈辱が蘇ってきて『絶対直してやる!!!』という気持ちになったと言いますか・・・
1年位して、また同じ先生にレッスンがあたったとき、何故か覚えていてくれて(私はさすがに覚えてましたけど、あちらが覚えているとは思ってませんでした)
「おぉ、頑張ったな。ちゃんと舌動いてるじゃないか。前指導した時はカ行やサ行の滑舌悪かったもんなぁ」
そう言われて初めて直った事が認識されて、すごくホッとしたのを覚えています。
でもサ行だけは骨格のせいで、今もいいとは言えないんですけど・・・(悪くないという程度ですかね・・・)
しかし2年前に違う先生から「お前ラ行変だぞ」と言われたんです∑(゚Д゚;;ナンデスト!?
舌は動いているんですけど「舌の位置が違う!」と指摘されました・・・
ラ行は上顎で弾いて発音するんですけど、私は上の歯で弾いていたんですよ
『今ごろかよ!?』
と当時は思いましたが、これも悔しかったので、それからアホみたいに練習しましたね。
「基礎練習」と書かれたテキスト引っ張り出してきて徹底的に調べました
3ヶ月位経って
「ラ行綺麗になったな」と☆
初めの頃よりは早く直せたかな?苦笑
でもこれはさすがに今も気をつける様にしています。
動いたらいいってワケじゃないんですね・・・
今でも滑舌は動かしていないと筋肉も落ちるので続けています。
最初は基礎なので、「アエイウエオアオ」「カケキクケコカコ」・・・のよく聞くと思われる発声練習を全員で言わされていました。
すると先生が私の前まで来て「鏡持ってる?」と聞くのです。
『何かついてるのかな?』
ボケボケな私は何かわからずにポーチから鏡を取り出しました。
すると「口が見える様にして」と言うので顔の前に持っていくと
「それで発声練習してみて」
と言うので、皆の注目の中、妙な緊張をしながら発声をすると
「不思議だな~・・・なんでその舌の動きで喋れるのかなぁ?」
『???』
「普通子音というのは上顎に舌で弾いて発音されるものなんだよ。なのに君の場合はどの子音も舌が動いていない」
『え゛っ!!??』
「というか、舌が歯の裏で止まったまま発音してる」
えぇ~?
みたいな驚きの顔で見るレッスン生・・・
確かに舌が下の位置から(シャレじゃないですよ?笑)全く動かず発音されていました。
え~と私はこの発音で16年喋ってきたんですけど・・・
だからと言って何が問題なんですか?
「その発音の仕方では全部クリアじゃない!(←綺麗に聞こえない)」
ぐはっ!!!
ぜ、全部ぅ!?
吐血して死にたい気分になりました

私の今までは何だったんでしょう・・・(T∇T)
特に滑舌が悪いと指摘されたカ行・サ行・タ行の発声の仕方を、他のレッスン生の注目を浴びる中、横でかなり指導され、穴があったらどこかに入りたい気分になりながら受けていました

私はその指導を受けるまで恥ずかしながら自分は滑舌がいい方だと思っていました。
放送部でしたし、放送コンテストで賞も2年連続で取ったし
でもそれはあくまで中学生レベルでのこと。
声の仕事として使うにはあまりにもお粗末な発声だったのです。
凄い屈辱でしたね・・・
ただ、その先生が「練習したら直るから」という言葉を最後に言ってたのだけを頼りに、私は人のいない所を見計らっては鏡を見て滑舌の練習をひたすらする様になりました。
(人のいるところでは決してやらなかったですね~)
学校の休み時間にはトイレに入って口パクとか、家の鏡台を通る時は立ち止まったり、朝起きて髪を直す時、歯磨きする時、お風呂から出た時など、鏡を見たら練習するという勢いで練習していました。
それくらい悔しかったんですよね・・・
鏡見るとその時の屈辱が蘇ってきて『絶対直してやる!!!』という気持ちになったと言いますか・・・
1年位して、また同じ先生にレッスンがあたったとき、何故か覚えていてくれて(私はさすがに覚えてましたけど、あちらが覚えているとは思ってませんでした)
「おぉ、頑張ったな。ちゃんと舌動いてるじゃないか。前指導した時はカ行やサ行の滑舌悪かったもんなぁ」
そう言われて初めて直った事が認識されて、すごくホッとしたのを覚えています。
でもサ行だけは骨格のせいで、今もいいとは言えないんですけど・・・(悪くないという程度ですかね・・・)
しかし2年前に違う先生から「お前ラ行変だぞ」と言われたんです∑(゚Д゚;;ナンデスト!?
舌は動いているんですけど「舌の位置が違う!」と指摘されました・・・
ラ行は上顎で弾いて発音するんですけど、私は上の歯で弾いていたんですよ

『今ごろかよ!?』
と当時は思いましたが、これも悔しかったので、それからアホみたいに練習しましたね。
「基礎練習」と書かれたテキスト引っ張り出してきて徹底的に調べました

3ヶ月位経って
「ラ行綺麗になったな」と☆
初めの頃よりは早く直せたかな?苦笑
でもこれはさすがに今も気をつける様にしています。
動いたらいいってワケじゃないんですね・・・
今でも滑舌は動かしていないと筋肉も落ちるので続けています。
入所して待っていたものは・・・
2007年05月17日
基礎の基礎であるアクセントです!!
当時の私は、世の中に「標準語」(今は基準語と言われます)があるというのは知ってはいましたが、三重弁と標準語の違いは「~やん」「~へん?」語尾位なものだと思ってました。
大間違い!!!
単語のほとんどが関西よりのアクセントだという事に気付かなかった私は
「アクセントが違う!」攻撃を受けました。
先生だけでなくレッスン生にも・・・
当時、全くと言って程、音の違いがわからなくて、聞いても何が違うのかもわからず凄まじく混乱・・・
他の人の発表を聞いて、小声でひたすら練習していました。
あまりにもわからなかったので、とうとうアクセント辞典を購入!!!
名前の通り、単語ごとにアクセントが載っている辞典です。皆さんはご存知でしょうか??
単語の上に横棒が引かれていて、音の上げ下げを示しています。
大きい本屋さんの辞書コーナーに行かないと売っていないです。
早速開けていろいろ調べ様としました。
・・・・・・わかりません!!!
そう買ったものの、当時その単語の上に棒線だけ引っ張ってある辞典の読み方がさっぱりわからず、『何の暗号だ!?』と思っていました(苦笑)
暫く封印されました。毒
『東京に住んでいたらこんな苦労しなくて良かったのにー!どうして三重県に生まれたんだろう』
アクセントを注意される度、私は東京に住む人たちが羨ましくなりました。笑
なので中学の頃に練習した発声練習と、レッスンでする発声練習が同じテキストというのがあったのですが・・・・・・最悪なことになりました。
アクセントなんて気にせず読んでいたものだったので、レッスンで聞いている皆のアクセントがまるで違っていて、言葉じゃなく暗号に聞こえてくる位で・・・それにちっとも慣れずに大苦戦をしました・・・
意外に三重弁と標準語は違うのです・・・・・・
私は初歩の初歩で凄まじくつまづいたのです(T_T)

当時の私は、世の中に「標準語」(今は基準語と言われます)があるというのは知ってはいましたが、三重弁と標準語の違いは「~やん」「~へん?」語尾位なものだと思ってました。
大間違い!!!
単語のほとんどが関西よりのアクセントだという事に気付かなかった私は
「アクセントが違う!」攻撃を受けました。
先生だけでなくレッスン生にも・・・
当時、全くと言って程、音の違いがわからなくて、聞いても何が違うのかもわからず凄まじく混乱・・・
他の人の発表を聞いて、小声でひたすら練習していました。
あまりにもわからなかったので、とうとうアクセント辞典を購入!!!
名前の通り、単語ごとにアクセントが載っている辞典です。皆さんはご存知でしょうか??
単語の上に横棒が引かれていて、音の上げ下げを示しています。
大きい本屋さんの辞書コーナーに行かないと売っていないです。

早速開けていろいろ調べ様としました。
・・・・・・わかりません!!!

そう買ったものの、当時その単語の上に棒線だけ引っ張ってある辞典の読み方がさっぱりわからず、『何の暗号だ!?』と思っていました(苦笑)
暫く封印されました。毒
『東京に住んでいたらこんな苦労しなくて良かったのにー!どうして三重県に生まれたんだろう』
アクセントを注意される度、私は東京に住む人たちが羨ましくなりました。笑
なので中学の頃に練習した発声練習と、レッスンでする発声練習が同じテキストというのがあったのですが・・・・・・最悪なことになりました。
アクセントなんて気にせず読んでいたものだったので、レッスンで聞いている皆のアクセントがまるで違っていて、言葉じゃなく暗号に聞こえてくる位で・・・それにちっとも慣れずに大苦戦をしました・・・
意外に三重弁と標準語は違うのです・・・・・・
私は初歩の初歩で凄まじくつまづいたのです(T_T)
親の協力は必要です
2007年05月16日
合格したものの、当時未成年の私にとって親の承諾が必要でした。
―が、養成所に通う事を父が猛反対!
折角受かったのに!?
理由は高校受験に差し支えるから。
その時私はもう中3になっていて、受験勉強真っ最中でした。
しかも実力テストの成績が悪くて、志望校にこのままでは行けないと担任に言われていたのです・・・
入所は8月からと明記されていました・・・
夏休み・・・
「これから一番勉強しないといけない時期にそんな所に通ってたら志望校合格しやんぞ!」
「勉強もちゃんとするから!」
「あかん!!高校合格してからもう一度オーディション受けろ!」
話し合い終了・・・
泣く泣く諦めました・・・
え?話が違うって?笑
翌日夜、前日のを引きずって凹んでいる私のそばに母が来ました。
「今日昼に養成所に電話したんよ」
「・・・?」
「今は受験で通う事が出来ないので何とか通い始めるのを来年の春以降に出来ませんか?って」
「!!」
「事務の方がそれでもいいって言ってくれたからさ、高校生になったら通いな。お父さんもそれやったらいいって言ってくれたから。」
お母さん!!!
前日はショックで泣いてましたが、この日は感動して泣きました。
―かくして、無事志望校に合格した私は、高1の6月に入所を果たす事となったのです☆
親の協力無しに、ここまでやってこれなかったですね。
今でも舞台がある度に観に来てくれますし、ナレーションに行く時も快く送り出してくれます。
凄く協力的なので感謝と共に『なんとかしやな~
』という焦りもあります。
―私が親だったら協力したかな?と自分でも思ってしまいますもん。
―が、養成所に通う事を父が猛反対!

折角受かったのに!?
理由は高校受験に差し支えるから。
その時私はもう中3になっていて、受験勉強真っ最中でした。
しかも実力テストの成績が悪くて、志望校にこのままでは行けないと担任に言われていたのです・・・

入所は8月からと明記されていました・・・
夏休み・・・
「これから一番勉強しないといけない時期にそんな所に通ってたら志望校合格しやんぞ!」
「勉強もちゃんとするから!」
「あかん!!高校合格してからもう一度オーディション受けろ!」
話し合い終了・・・
泣く泣く諦めました・・・
え?話が違うって?笑
翌日夜、前日のを引きずって凹んでいる私のそばに母が来ました。
「今日昼に養成所に電話したんよ」
「・・・?」
「今は受験で通う事が出来ないので何とか通い始めるのを来年の春以降に出来ませんか?って」
「!!」
「事務の方がそれでもいいって言ってくれたからさ、高校生になったら通いな。お父さんもそれやったらいいって言ってくれたから。」
お母さん!!!
前日はショックで泣いてましたが、この日は感動して泣きました。
―かくして、無事志望校に合格した私は、高1の6月に入所を果たす事となったのです☆
親の協力無しに、ここまでやってこれなかったですね。
今でも舞台がある度に観に来てくれますし、ナレーションに行く時も快く送り出してくれます。
凄く協力的なので感謝と共に『なんとかしやな~
』という焦りもあります。―私が親だったら協力したかな?と自分でも思ってしまいますもん。
養成所の費用・・・
2007年05月15日
お金の話ってやらしい気がするんですけど、気になるところでもありますよね(苦笑)
東海地方の声優養成所は私の知ってる限りでは名古屋にしか無いと思います。
(あ、静岡校というのもありますが、三重には無いと思います・・・)
その中でも入所金は養成所によってまちまちなんですけど、私の場合は12万でした。
(当時中学生だった私は親に払ってもらったんですけど
)
今はさりげなく上がってるらしいです(16万って言ってたかな?ぉぃぉぃ)
プラスa月1万2千円のレッスン料です。
他にも10万の入所金に、プラスa年20万のレッスン料なんてものもありますし、
入所金3万だけど、月2万5千円かかるというところもあります。
1年で考えると、うちのは入所金が高いだけで後は結構楽かな?とも思いますが、目指しているものによっては行くところをよく考えた方がいいと思います。
私は単に力試しな軽い気持ちだったので(あぁなんて動機だ
)何も下調べもせずに受けてしまったのですがf^^;
ちなみに東京はホントいっぱいあるのでよく調べた方がいいです!
サギみたいなのもあります・・・
東京にも名古屋にも養成所があるという会社は、まず名古屋が本社という所は無いので、名古屋校があるという事はサギでは無いです・・・が、東海メインの仕事がもらえるかどうかはまた別です。イタタタタ・・・
東海地方の声優養成所は私の知ってる限りでは名古屋にしか無いと思います。
(あ、静岡校というのもありますが、三重には無いと思います・・・)
その中でも入所金は養成所によってまちまちなんですけど、私の場合は12万でした。
(当時中学生だった私は親に払ってもらったんですけど
)今はさりげなく上がってるらしいです(16万って言ってたかな?ぉぃぉぃ)
プラスa月1万2千円のレッスン料です。
他にも10万の入所金に、プラスa年20万のレッスン料なんてものもありますし、
入所金3万だけど、月2万5千円かかるというところもあります。
1年で考えると、うちのは入所金が高いだけで後は結構楽かな?とも思いますが、目指しているものによっては行くところをよく考えた方がいいと思います。
私は単に力試しな軽い気持ちだったので(あぁなんて動機だ
)何も下調べもせずに受けてしまったのですがf^^;ちなみに東京はホントいっぱいあるのでよく調べた方がいいです!
サギみたいなのもあります・・・

東京にも名古屋にも養成所があるという会社は、まず名古屋が本社という所は無いので、名古屋校があるという事はサギでは無いです・・・が、東海メインの仕事がもらえるかどうかはまた別です。イタタタタ・・・
某声優養成所オーディションの内容
2007年05月13日
中学の頃の話になるので、今は違うかもしれませんけど(何年前だ!?って話ですよね
)
まずは普通の履歴書を送れという事で、
当時中2の私は書くのは勿論初めてで、母に言われるがままでしたね。
履歴書の顔写真、モノクロで送ったんですよ!笑(今でも残りの1枚家に残ってますけど)
普通カラーじゃないですか。
母曰く「白黒の方が綺麗に写る」とかで。
なので少し写る上着は黒のセーター着てました。(あ、冬だったんです)
私はモノクロ反対したんですけどね。
『落ちたらお母さんのせいだ』って思ってました。笑
しかし、これが受かっちゃったんですよ。笑
合格通知は締め切りから1ヶ月後位だったと思います。
「二次オーディションの詳細は後日連絡します」
と書かれたきり暫く音沙汰無し。
2ヶ月位経って忘れた頃に郵送で詳細が送られてきました。
次はもう面接で、名古屋校でしたのでやはり名古屋で。
勿論行くのは初めてで、私は父の運転で(母も隣にいた気が)向かいました。
何故だかそのオーディションは有料でした。
(3千円位した気が)
着いた順だったらしく、番号札(確か50番台)と、オーディション内容が書かれた冊子をもらい、パイプ椅子に座りました。
その後も少し来て、その時は80人位いたんじゃないですかね~。
最初に説明があって「このオーディションに合格したら養成所入りです」という事と、「この中の20%の方しか合格出来ません」の様なことを言ってました。
普通に計算したら16人ですよね。
確率低!!って思いました。
オーディション内容は、
①10個ある早口言葉の中から2つ言う
②1分の自己PR
③台詞
でした。
③の台詞は家族の会話らしく「少年」「少女」「お父さん」「あ母さん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「ナレーション」と7つのキャラを出せというものでした。
「お父さん」「おじいちゃん」って・・?
練習時間は特に無し。
早速オーディションは開始。番号札順に進むので私はその間口パクで練習。笑
マイクが右側に3本、左側に3本と立てられていて、左右同時進行。審査員も3人ずつ。
私の番の時は右側マイクでした。
さすがに緊張します。
当時放送部だった私。
早口言葉は毎日の様にやっていました。
部活で練習していたものが1つだけあったので、それを選択
・・・したのにも関わらず、それで噛む私。
あり得ない!!!
部活で噛んだ事なんて一度も無かったのにーーー!!!
あほか私はぁ~~~~!!!
頭の中は妙な絶叫が渦巻いてました。笑
その後の自己PRでは「現在放送部で、早口言葉はやっていまして、さっきのもやった事があるんですけど、緊張で間違えちゃいました。」
とフォローなんだか言い訳なんだかわからない話をしましたね。
でも、進行している代表の方の目をずっと離さずに見た記憶はあります。
放送部での練習で1分は「原稿用紙丸1枚」だったので、私は早口になる事を予め予想して、結構喋れると思い、自分の性格の長所と、学校での様子を話したと思います(もうこの辺りはうろ覚えです)
ラストの台詞。
これは前の人たちの聞いてる分には男性の声を出すというより、雰囲気が出ていればアリかと思い、それならイケるぞと、意気込んで始めたら
何故だか隣の左側マイクで大音量で歌いだした男性が!!!
今思えば自己PRで歌ったのかなと思うんですけど、始めてしまったものだから途中で止められない!
でもその大音量でかき消されて自分の声が自分で聞こえない!
審査員の方も身を乗り出す始末・・・
私は演技力より声を出来る限り出すことに専念しました。
・・・って事しか覚えてません。
最後のナレーション前にその歌が終わって、普通に出せて終わり。
最初と最後しかまともに聞いてもらえてません・・・多分。
あとは置いてあったマイクがどれだけ私の声をひろってくれたかですね。
オーディションが終わったらそのまま帰りでした。
絶対落ちたと思いました。
早口言葉は噛むし、台詞は聞こえないし・・・
「受かったら奇跡だよ!」
「通知来ても落ちてたら言わないで」
母にそう何度も言ってました。苦笑
3日後、私が学校から帰ってくると母が「通知来たよ!」と言うじゃないですか。
「だから落ちてたら言わないでって・・・」
「落ちてたらでしょ?」
「!・・・え!?」
何故だか合格しちゃったんですよね~。
奇跡が起きたと思いました。笑
今はどうかわからないんですけど、当時は本当に割合が低かったらしくて、「3回受けた~」とか「1回は落ちるよね~」と後から養成所仲間から聞いて、『そんなもんなんだ~よく受かったな私・・・』と思いました。
今でも何故受かったのか不思議です。
でも受からなければ今も無いんですけどね。
)まずは普通の履歴書を送れという事で、
当時中2の私は書くのは勿論初めてで、母に言われるがままでしたね。
履歴書の顔写真、モノクロで送ったんですよ!笑(今でも残りの1枚家に残ってますけど)
普通カラーじゃないですか。
母曰く「白黒の方が綺麗に写る」とかで。
なので少し写る上着は黒のセーター着てました。(あ、冬だったんです)
私はモノクロ反対したんですけどね。
『落ちたらお母さんのせいだ』って思ってました。笑
しかし、これが受かっちゃったんですよ。笑
合格通知は締め切りから1ヶ月後位だったと思います。
「二次オーディションの詳細は後日連絡します」
と書かれたきり暫く音沙汰無し。
2ヶ月位経って忘れた頃に郵送で詳細が送られてきました。
次はもう面接で、名古屋校でしたのでやはり名古屋で。
勿論行くのは初めてで、私は父の運転で(母も隣にいた気が)向かいました。
何故だかそのオーディションは有料でした。
(3千円位した気が)
着いた順だったらしく、番号札(確か50番台)と、オーディション内容が書かれた冊子をもらい、パイプ椅子に座りました。
その後も少し来て、その時は80人位いたんじゃないですかね~。
最初に説明があって「このオーディションに合格したら養成所入りです」という事と、「この中の20%の方しか合格出来ません」の様なことを言ってました。
普通に計算したら16人ですよね。
確率低!!って思いました。
オーディション内容は、
①10個ある早口言葉の中から2つ言う
②1分の自己PR
③台詞
でした。
③の台詞は家族の会話らしく「少年」「少女」「お父さん」「あ母さん」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「ナレーション」と7つのキャラを出せというものでした。
「お父さん」「おじいちゃん」って・・?
練習時間は特に無し。
早速オーディションは開始。番号札順に進むので私はその間口パクで練習。笑
マイクが右側に3本、左側に3本と立てられていて、左右同時進行。審査員も3人ずつ。
私の番の時は右側マイクでした。
さすがに緊張します。
当時放送部だった私。
早口言葉は毎日の様にやっていました。
部活で練習していたものが1つだけあったので、それを選択
・・・したのにも関わらず、それで噛む私。
あり得ない!!!
部活で噛んだ事なんて一度も無かったのにーーー!!!
あほか私はぁ~~~~!!!
頭の中は妙な絶叫が渦巻いてました。笑
その後の自己PRでは「現在放送部で、早口言葉はやっていまして、さっきのもやった事があるんですけど、緊張で間違えちゃいました。」
とフォローなんだか言い訳なんだかわからない話をしましたね。
でも、進行している代表の方の目をずっと離さずに見た記憶はあります。
放送部での練習で1分は「原稿用紙丸1枚」だったので、私は早口になる事を予め予想して、結構喋れると思い、自分の性格の長所と、学校での様子を話したと思います(もうこの辺りはうろ覚えです)
ラストの台詞。
これは前の人たちの聞いてる分には男性の声を出すというより、雰囲気が出ていればアリかと思い、それならイケるぞと、意気込んで始めたら
何故だか隣の左側マイクで大音量で歌いだした男性が!!!
今思えば自己PRで歌ったのかなと思うんですけど、始めてしまったものだから途中で止められない!
でもその大音量でかき消されて自分の声が自分で聞こえない!
審査員の方も身を乗り出す始末・・・
私は演技力より声を出来る限り出すことに専念しました。
・・・って事しか覚えてません。
最後のナレーション前にその歌が終わって、普通に出せて終わり。
最初と最後しかまともに聞いてもらえてません・・・多分。
あとは置いてあったマイクがどれだけ私の声をひろってくれたかですね。
オーディションが終わったらそのまま帰りでした。
絶対落ちたと思いました。
早口言葉は噛むし、台詞は聞こえないし・・・
「受かったら奇跡だよ!」
「通知来ても落ちてたら言わないで」
母にそう何度も言ってました。苦笑
3日後、私が学校から帰ってくると母が「通知来たよ!」と言うじゃないですか。
「だから落ちてたら言わないでって・・・」
「落ちてたらでしょ?」
「!・・・え!?」
何故だか合格しちゃったんですよね~。
奇跡が起きたと思いました。笑
今はどうかわからないんですけど、当時は本当に割合が低かったらしくて、「3回受けた~」とか「1回は落ちるよね~」と後から養成所仲間から聞いて、『そんなもんなんだ~よく受かったな私・・・』と思いました。
今でも何故受かったのか不思議です。
でも受からなければ今も無いんですけどね。

